メイドカフェは死んだのか?
秋葉原の有名メイドカフェにて
趣味のバンド活動で久しぶりに秋葉原に行った。
練習が終わった後、飯を食べ、二次会としてメイドカフェに寄ることになった。
訪れたのは、ここでも紹介されるような秋葉原でも有名なメイドカフェのひとつである。
入店してすぐ、メイドさんが「Hello, Where are you from?」と話しかけてきた。
僕は純日本人だが韓国系の顔立ちをしており、韓国人や中国人のハーフに見られることも多い。
※韓国の友人のお墨付きである。
日本で外国人と間違われるのは初めてだったが、店内を見回すと納得した。
客の 6 割以上は海外からの観光客だった。
この環境で、外見のバイアスもあって英語で話しかけたのだろう、と理解した。
間違えられたこと自体はショックではない。
だが、秋葉原がこういう空気になっているのか、と改めて認識した。
秋葉原は誇りを海に捨てたのか?
10 年ほど前、よく秋葉原に通っていた。
しかし今は物価が明らかに上がり、街の様子も変わってしまった。
ある牛串屋では価格が体感で 2 倍ほどになっていた。行列の大半は海外からの観光客だった。
インバウンド対応は理解できるが、秋葉原はもはや観光地化してしまい、かつての「アニメの街」という面影は薄れている。
ネット通販でアニメグッズが簡単に買えるようになったことも、この変化を後押ししているのかもしれない。
薄汚れた制服
メイドカフェでは、女の子たちがちょこちょこと話しかけてくれた。
だが制服を見ると、シミや汚れが目立ち、安っぽい印象を受ける。
※僕の思うメイドカフェのイメージは、これ
昔は「普通の女の子がメイド服を着て接客している」という感覚だったはずだ。
今は、ドン・キホーテで売っているような薄手のコスプレ服を着た「メイドカフェにいそうな女の子」が働いている。
まるでコスプレ大会のようで、かつてのメイドカフェの純粋さは失われたように感じた。
汚れたのは自分ではないか
ただ、僕自身が擦れてしまった可能性もある。
風俗店やコンカフェに行き、金銭的な価値とサービスを秤にかける感覚が身についてしまった。
そのせいで、純粋なメイドカフェに行ったときも、メイド服の安っぽさや汚れといった些末な点ばかりが目に入ってしまったのかもしれない。
もしかしたら、汚れているのは街でも店でもなく、僕自身の目なのかもしれない。
ではまた。